--年--月--日 --:--

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

120円の温もり

2010年04月03日 00:54

 日曜日の朝、新社会人の赤谷 頭也(せきたに とうや)は布団に包まっていた。
 つい数ヶ月前社会人となり、数少ない休日を睡眠に勤しんでいたのだ。
 実家は然程遠くない程の距離にあるが、一人暮らしをしている。
 これは両親に迷惑を掛けたくないという頭也の謙虚心であり、親孝行の形でもあった。

 現在彼女募集中であるが、実際構う程の余裕がある訳でもない。
 だからこそこういう休日を効率的に過ごそうとしているのだが、そういう訳にはいかないらしい。
 1DKの肩幅狭い部屋にチャイムの音が鳴った。

「ふぁい……今出ます」

 重苦しい足つきで立ち上がると、頭也は左足で右足を掻いた。
 大欠伸をすると、口を微かに開けたまま玄関の戸を開く。
 すると、赤谷の目を覚ます様な甲高い声が響いた。

「お兄ちゃん!」
「留美じゃないか」

 頭也の視界に映ったのは、今年中学生になった妹の姿だった。
 バッグを肩に掛けは目元に泣きじゃくったのか跡が残っている事から
 朝から親と喧嘩してきたのだろうという事は察せた。
 頭也は溜め息をつくと、留美の肩を軽く叩いた。

「汚いけど入ってけよ」

 留美は笑みを浮かべ、靴も並べずに中へと入っていった。
 頭也はそれを咎めず靴を並べてやると、台所から麦茶を取り出して留美に出してやった。
 留美はそれを勢いよく飲み干すと、その場に寝そべった。
 
「ありがとう、喉渇いてたから丁度良かった」
「どういたしまして、また父さんと喧嘩でもしたのか?」
「ううん、今回はお母さん。些細な事から口論になっちゃって」

 頭也は頭を掻いた。親子とは傍から見ればどうでもいい事で喧嘩するものだ。
 仲が良い事の裏返しでもあるが、だからこそ面倒でもある。
 そのとばっちりで休日を休み損ねた頭也は一番の被害者であるが
 文句を言っても何も返ってくるものは無く、渋々親に電話で留美がここに来ている旨を伝えた。

「母さんには俺が話といたから、夜までには戻って謝れよ」
「……うん」

 留美は余りに乗り気ではなかったものの、結局選択肢はそれしかなく首を縦に振った。
 それに納得すると、頭也はまた布団に潜り込む。
 が、留美がその上から飛び込んできた。

「寝ちゃ駄目だよ、どこか連れてって」
「俺は疲れてるんだよ、寝かせてくれ」
「お願い、連れてって」
「どこに行きたいって言うんだよ」
「遊園地かな」
「寝れば夢の中で行けるかも知れないぞ」

 無愛想な頭也の返事に留美は憤怒した。
 布団の包まっている頭也を足で数度蹴ると、眉間にしわを寄せる。

「痛いな馬鹿!」
「お父さんに言いつけるわよ」
「そ、それはちょっと」

 父親とは愛娘には息子以上に優しいもので、ましてや社会に出た息子の方等持たない。
 社会人となっても尚、家族に縛られる事に頭也は不満を覚えつつも、この場はそれに従うしかなかった。
 留美の顔色を伺う様に布団から出ると、口元とひくつかせる。

「今日はいい天気だなあ」
「よし決まり!」

 満面の笑みを浮かべる留美とは裏腹に、今月の生活難が確定した頭也は
 今日という日が何故休日だったのかを恨みながら、車の鍵を手に取った。

  ◇

「着いたぞ」

 エンジンを切ると、頭也と留美は外に出た。
 目の前には観覧車を筆頭に様々なアトラクションが見えている。
 それ等に思いを馳せながら、留美は受付へと軽い足取りで向かう。
 フリーパスを二枚購入すると、すっかり軽くなってしまった財布に喪失感を覚える。
 頭也はマップを広げ、アトラクションを確認した。

「じゃあまずは手始めに」
「ジェットコースターね」
「は、いきなりそんなの乗るか」

 ジェットコースターが苦手な頭也は反発したが、留美の鋭い目つきを前にその意志を失った。
 マップを留美を手渡すと、留美は遊園地の名物である高速ジェットコースターを指差す。

「これで決まりね」
「本気で言っているのか、高速だぞ高速」

 頭也はまだ来て間もないにも関わらず、意気消沈した。
 順番待ちをしている最中、注意書きを見て尚一層後に引きたくなったが
 中学生になりたての少女を一人並ばせる訳にもいかず、絶叫を体験する事となった。
 その後は放心状態と化した頭也に遠慮してか、留美が絶叫系を強要する事は無くなったが
 それでもコーヒーカップで回転に酔う等、ハプニングはそれなりにあった。
 しかし、楽しめた事に変わりなく最後に二人は観覧車を選んだ。
 観覧車が上がっていく最中、夕日が二人を照らす。

「何だかんだ言って、遊園地も面白かったな」
「でしょ、お兄ちゃんもたまには遊ばないと」
「そうだな、お前もちゃんと母さんに謝るんだぞ」
「うん、だからまた遊ぼうね」

 頭也は微笑みを返した。
 下に降りて行く観覧車に寂しげな感情を覚えながら二人は残り少ない感傷に浸る。
 観覧車が下に降りた後、頭也は自販機を見つけると、留美と一緒に駆け寄った。

「おごってやるよ」

 頭也が自販機を指差すと、留美はそれに飛びついた。
 夜風が吹き始め、冷え込み始めた事も重なり、二人はホットドリンクを選んだ。
 留美はココアを、頭也はコーヒーを購入する。
 車に戻るまでの帰り道、二人は120円の温もりを感じながら遊園地を後にした。
 二人を照らす夕日は今にも沈み、月が月明かりを照らそうとしている。



クリックが世界を変える。

スポンサーサイト

曇天(リメイク版)

2010年04月01日 18:46

 探せばどこにでも溢れていそうな商業系の小会社。
 冷房の少しばかり独特な音と、社員の打ち鳴らすキーボードの音が社内を響かす。

 灰崎 純(はいざき じゅん)はそこで勤務する20代前半の平社員だ。
 特別高い学歴を持つ訳でもなく、優秀な成績を収めている訳でもなく
 おおよその人間とさしてさして変わらない、というのが最も相応しい形容だろう。

 灰崎はふうんと鼻息を着くと、横目で時計を眺めた。
 耳を澄まさねば聞こえもしないはずの秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
 淡々と刻まれるそれが12の方を指した時、灰崎はデスクトップの電源を切った。

 首を左右にこきこきと鳴らし、席から立ち上がる。時針は5を指していた。
 それを見た他の社員も、おのおの欠伸をするなり、電源を切るなり、安堵を見せる。
 5時はこの会社の勤務終了時刻だ。
 灰崎をネクタイの紐を緩めると、ロッカーから荷物を取り出した。

  ◇

 外に出ると、灰崎は曇天に気がついた。
 曇った空は、平凡たる灰崎に何か圧を掛ける様に重く乗りかかる。
 さして生きる意味を感じていない灰崎にとって、それは不安とも呼べるものだった。
 
 始点と終点を繋ぐ中点、つまりは人生。それに何の意味を見出せようか。
 どうせ終点が存在すると感じてしまうと、中点の存在があまりに無駄に感じてくる。
 唯一、存在の意味を確認させてくれるのは、彼女の若子(わかこ)だ。
 同年代の彼女には、一般の目から見ればさして普通の存在だろうが
 灰崎にとってはその普通が全て、好ましく感じられた。それが愛における哲学でもあるわけだが。

 雨が降るやも知れない気だるい不安と共に、灰崎は車に乗り込んだ。
 エンジンをかけると、うるさいマフラーの音が聴覚を掻き鳴らした。
 親族から貰った車だが、廃車する予定だった車だけに、やはり乗り心地は良くない。

 灰崎はポケットから煙草とライターを取ると煙草を加え、ふかした。
 手動の窓を開け、煙を車外に出すと、アクセルを踏んだ。
 国道に乗り、備え付けのプレーヤーから90年代テイストの音楽が鳴らす。

 気分を良くしながら、近道がてら裏道に入り込むと、車はめっきり少なくなった。
 所々に設置されている信号機を余り意味をなしていない。
 しかし交通の規制は守りながらスピードを上げていく。
 煙草を灰皿に潰し、青信号を確認しながら窓を閉めたその時だった。

 灰崎の視界に突如高校生と思われる少女が飛び出してきた。
 耳にイヤホンをはめて音楽に夢中になり、赤信号にも気づいていないのだ。
 灰崎は一瞬自分の心臓制止したかと思った。目を丸く見開きながら、ブレーキを根限りに踏む。
 教習所では急停止するには連続して踏む方が早く止まると習ったはずだが
 そんな事等、頭のどこか隅に飛ばされていた。

 摩擦跡を激しくつけながら、車は少女の僅か手前で停止した。
 灰崎と少女は共に、心の臓を共有しているかの様に早々と呼吸する。
 無心の中にぼんやりと浮かんでくる意識。灰崎は閉めた窓を急いで開き直すと、頭を出した。

「君、大丈夫だったか!」
「危ないじゃないのよ、人殺し!」

 少女は憤慨した様な形相を見せ付けると、青に変わった信号を足早に渡っていった。
 当然、灰崎はこんな返答等想定しておらず状況を把握出来なかったが、それは直ぐに怒りへと変わった。

「何が人殺しだ、悪いのはそっちだろ!」

 もういない少女に激怒すると、灰崎はハンドルを両拳で叩いた。
 確かに今回の事は、信号無視した少女が悪いのであって、灰崎には非が無い。
 灰たる社会の矛盾に、灰崎は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
 眉間にしわを寄せながら、残りの帰宅路を速度超過で走り行く。

  ◇

 駐車場に車を止めると、灰崎は叩きつける様に車の扉を閉めた。
 鍵を手に取り、自分で見ても貧相だと覚える様なアパートに向かう。

 灰崎は矛盾と欲望の耐えないこの社会に不満を隠せない様でいる。
 やはり中点の存在にどれほどの意味があるか等、理解出来ない。
 始点と終点が既に存在しているなら、中点なんて無くても同じではないのか。

 灰崎は曇天の空を見上げると、そんなナイーブな感傷に浸った。
 純粋過ぎる故に直面する苦悩に、目を曇らせながら自分の番号の扉に立つ。
 何という意識を持たないまま鍵を開け、中に入るとそこには予想だにしない光景が待っていた。

「誕生日おめでとう!」

 クラッカーが鳴った。部屋には不器用ながら飾りつけが成されており
 小さなテーブルには所狭しと手作りであろうケーキが置かれていた。
 こんな事を内密で行ってくれるのは唯一の生き甲斐である彼女、若子以外に居るはずがない。

 予想通りの姿を見て、灰崎は言葉を失った。自分の誕生日をいつから忘れていたのだろうか。
 それより、こんな身近にあったはずの幸福を、いつから忘れていたのだろうか。
 下らない事を下らないと言い切り、曇天の中に不安を押し込み
 中点の彩りこそが始点と終点を輝かせるという事さえ忘れ、自分は何をしていたのか。

「ありがとう」

 灰崎の表情に笑みがこぼれた。
 幸福なんてごく身近にある。だからこそ苦悩を前にそれを忘れてはいけない。 
 曇天の狭間から日差しが照り出した。



クリックで世界が変わる。

曇天 下

2010年01月31日 23:11

 

 緊張で心臓が高鳴る。つい先刻まで苛立ちに満ちていた純の心境は一転、無に返った。

 呼吸がままならない。大きく息を吸っては小さく息を吐き、小さく息を吸っては大きく息を吐き。


 車体のエンジン音が嫌に大きく聞こえる。ドルンドルンと揺れる心を掻き立てる。

 純は我をしかと取り戻すと、途端に目の前を凝視した。あの子は、あの子はどうなった!?


 純の視界の先に映ったのは、目の前で急停止した車に腰を抜かしている少女の姿だった。イヤホンが片方抜けて音漏れしているが、そんな事等どうでもいいと言わんばかりに。


 幸い後ろからは車が来ていなかった為、難は逃れた。純が窓から顔を出し、少女の身を心配していると、少女は我を取り戻したのか立ち上がり、純を形相で睨みつけた。



「危ないじゃないのよ、人殺し!」


 そう言って少女は、もう青に変わった信号を渡って足早に去っていった。純はその状況がよく理解出来ずに暫く呆けた。その後でようやく状況を理解し、呆けを極度の苛立ちに変換させる。


「何が人殺しだ! 悪いのはそっちだろ!」


 純は根限りにハンドルを叩いた。寄せ、歯をギシギシと擦り鳴らす。

 その場でクラクションを鳴らし続けるなり、窓ごしにストレスをぶちまけるなりしようとも思ったが、この場でそれをするのはあまりに社会性から離れており、公共を乱す事にもなる為、懸命にこらえた。


 あの拍子において、純に非は無かった。あるとすれば前をよく見ていなかった程度。信号無視で渡った少女の方が明らかに非があるのは当然の話。なのに何だこの矛盾は。正しきと間違いの真実が歪んだこの世界。天地は何時か逆さになるとでもいうのか?



 信号がまた青に変わると、純は腑に落ちないまま車を再度発進させた。右足でアクセルを踏みながらも、左足でトントンと貧乏ゆすりを続ける。

 
 高校で習った荀子の性悪説が脳裏を過ぎる。人は皆欲望に満ちていると。

 まさにその通りだろう、上辺だけでは正しきの衣を纏って、本質を見てみれば欲望に飢えたモンスターだ。


 そして人は薄々とそれを知りながら生きている。悪に満ちた自らの存在に気づきながら。

 そう、佐東 純も悪なのだ。否定はしない。だから今も苛立っている。


 そんな中、ようやく純は煙草の存在を思い出した。煙草は急停止の際、地に落ち、もうもうと煙をあげながら灰を作り出していた。

 こんなに煙があがっているにも関わらず、それに気づかない始末。純の苛立ちはそこまで高まっており、それを収めるのに相当な時間を要したことを意味する。

 純が煙草取り上げると、火種の触れていた部分が少し焦げていた。純は煙草をグリグリと灰皿に押し付けると、ため息を一つ漏らした。



「疲れた」


 目の前には駐車場が見えていた。我が家であるボロアパートの目の前にある、無駄に高額な駐車場。

 そこに純は車を止めると、キーを手に取り、車内から出た。次にとった行動は大きな気伸び。その次に首の骨を鳴らし、指の骨を鳴らす。今日は突然のハプニングに心身共に疲弊しきってしまった。こういう日は早々と眠るに限る。


 純はアパートの自室目の前に立つと、先程のキーと共につけられた家の鍵を取り出す。大きな欠伸をした後に、自室に入ると、純は本日二度目、目を丸くする事になる。



「誕生日おめでとう!」


 クラッカーの音が響いた。部屋は綺麗に飾りつけがなされており、小さなテーブルにはところせましと大きなケーキが乗っていた。そんなドッキリを仕掛けてくれたのは、他でも無い。


 最愛、若子。


「あ……」


 純は突然の事に戸惑いを見せた。忘れていたのだ、自分の誕生日を。

 世知辛い社会。天地と地もわからぬ、曇天に満ちたこの世界の中で純は何もかもを忘れていた。本当に大切な、自分の幸福を。


 幸せを数えてごらん、それが幸せだから。


 下らないマイナス思考に溺れ、堕ちていた。天と地の違いさえわからぬフリをして、見える曇天を誤魔化していた。世界はこんなにも真っ直ぐだというのに、始点と終点を繋ぐ中点は、こんなにも真っ直ぐだというのに。



「ありがとう」


 曇天の狭間から、日差しが照りだした。










・作品内容

社会のドロドロとした感じを表現したくて書いた短編ッス。

後は情景描写、心理描写の訓練の為。

管理人は甘ちゃんなので、結局曖昧な世界しか表現出来ませんでしたが (爆)

もっとね、こんなくだらない世界を面白いと言えるような、幸せを見つけて欲しいんですよね、そして照準定めたら、ビックリするぐらい真っ直ぐ進めるんで。楽しいよ、人生って。そう言える自分がいるからこそ、そういう事を教えたくて。

まあ、下手糞だから上手く伝えられないけど (笑)


・書き終えて

上、中に比べて下が長いなコレ!? (笑)

要約しきれかっただけです、すいま千円。

前半ノリノリすぎて後半は燃料切れ。最後のとことかもっと綺麗に心理描写を書きたかった。まあそこはまだ実力不足ということで精進、精進。

結局はね、曇天ボーイ&ガールに語りたかったわけですよ、下らないプライドで自分の幸せ捨てんなって。

管理人は少なくとも部活で道真っ直ぐ進めてるからさ、就職安泰じゃないけど、それって将来安泰っては言えるじゃん!? (汗)




曇天 中

2010年01月31日 16:02



 車内に荷物を置き、席に着くと純は大きく一息ついた。ポケットからキーを取り出しエンジンをかける。

 ドルン、ドルンとうるさいマフラー音と共に車体が振動で揺れだす。廃車の予定だっただけにこの振動が不快のなんの。


 純は大きな欠伸をしたあと、目尻に浮かんだ涙を手で拭ってからアクセルを踏んだ。

 目的地はもちろん家。今日も何気ない日常の一日、やる事等ある筈も無く。


 車道をブイブイと走らせる中、純は助手席に無造作に置かれたカセットテープを取ってデッキに差し込んだ。

 暫く雑音が鳴った後、ガチャリと音を立てて昭和レトロな音楽が車内を響く。ボリュームを上げ気分は快調、純の年頃には堪らないポンキッキーの“歩いて帰ろう”と共に思いふける。



 走る街を見下ろして のんびり雲が泳いでく……。


 ナイスレトロ! あの頃は本当に良かった、誰もかれもが純心に満ちて、何の不満も無く生きていた。まだ若かりしあの頃は。

 純はため息をつきながら手動のレバーを回して窓を少し開けた。胸のポケットから煙草を一つ取り出し、ライター片手に火を灯す。煙草が赤く灯ると、ライターを放り投げ大きく煙を吐き出した。


 この世の中を吐き出すように。

 煙は窓の隙間から抜けていき、上昇していく。その様はまるで曇天に吸い込まれていくようであり、異様な何かを漂わせている。



 何時からだろうか?

 この何の面白さも無い、くだらない世界をくだらないと決め付けたのは。前の見えない世界に対して、前に進むことも忘れて億劫になってしまったのは。そしてそれを平然とやりすごす自分は何なのか。


 何時しか佐東 純は自分が曇天でいることに気づかなくなっていた。晴れる事も知らず、雨を降らす事も知らず。ただどちらも選ばずやりすごす。

 不安で嘲る事もせず。



 だから歩いて帰ろう 今日は歩いて帰ろう。


 曇天の空じゃ、歩いて帰る事さえままならない。

 懐かしきあの頃を思い出させてくれていたはずの“歩いて帰ろう”は、結果的に終わる頃には純の宿す曇天の億劫さを露呈していた。純は歯ぎしりを立て、カセットを取り出す。


 あの頃さえ、今では俺を馬鹿にするのか?


 純は必要以上に煙を吐き出す。車内に充満する煙を効率よく排出する為に更に窓を開けた。

 風のビュンビュンと突き抜ける音が僅かばかり純の心境を落ち着かせる。そんな瞬間だった。


 瞬間は仰天と化す。


 純は何も間違っていなかった。向こうの失態。青信号を気にせず渡る純に対し、突如横断歩道から一人の少女が視界に飛び込んできた。

 少女は耳元にイヤホンをはめ、音楽鑑賞に浸っている。それ故、赤信号を渡っていることにも気づかず。



 純は目を丸くし、急激にブレーキを踏み込んだ。タイヤとコンクリートの擦れる音がギャリギャリと曇天に響く。そういう刹那、人は生を忘れる。ただ刹那の緊張に意識の全てを支配され。

 ただ響くは曇天に地鳴る摩擦音、高々し。









曇天 上

2010年01月30日 22:55

 

 佐東 純(さとう じゅん)は極めてありふれた人間の一人だ。

 中学は平凡な成績で一般的な高校の普通科に入学。その後も成績は平凡止まり、是が非でもこれがしたいという職業もなく、口裏合わせで営業商社に就職した。


 そういう経緯を辿り、純は今日も何気なく日常の大半を仕事に費やし、何ということもない人生を淡々と繰り返している。


 社内では現在、皆がデスクワークをこなしている。誰もがパソコンに向き合う中、エアコンのゴウゴウと響く重音とキーボードを弾く軽快な打音がテンポのみが室内で響いている。

 それ等の音を意識から外し、純はデスクワークを止めて時計の針を見つめた。


 響く音を外すと聞こえてくるのは、秒針のカチ、カチと響く極静かな音。秒針は次々と数字を乗り越え12に到達しようとしている。

 あと、少し……。



 秒針が完全に12を乗り越えた時、時針は5を指した。5時。

 純はパソコンを閉じるとガタリと席から立ち上がった。それを見て他の社員も時計を見だす。5時だという事に気がつくと、一斉にパソコンを閉じ始めた。


 勤務時間終了。それをオーバーしてまで働く程、この会社に出来た人間はいない。

 むしろこんな三流企業で働いてやっているだけでも感謝して欲しいぐらいだ。生きていくのがやっとなぐらいの給料しかだしてもらえないこんな会社で。



 純は社員に与えられている狭いロッカーで帰宅の準備を整えている中、深く熟考していた。

 でるはずも無い答え。


 人生を生きる意味。


 始点、終点を繋ぐ中点こそが人生。ただ、走り続ける限り抜けられない中点に何の意味があるのだろうか? 生まれた時から産声をあげ、いつの間にか反吐が出る程腐った世の中に入り込んだ自分、佐東 純に何の意味があるのだろうか?


 今、生きる意味があるとすれば、最愛の彼女、若子(わかこ)の存在だろうか。


 これといって可愛いというわけではない、これといってお洒落なわけではない、これといって人より秀でているわけでもない若子。だが純が若子を最愛としているのは事実。

 なら何処を愛しているのかって? そんなの答は簡単だ。



 全て。

 最愛するのに要素が必要なのか? しぐさも含め全てが好きだから最愛なのだ。単に顔や性格、上辺だけを見て好きだと判断することを純は最愛とは言わない。


 それだけ若子を最愛としているから。若子を失えば、純の中点は余りに暗く淀み、滲み、何も見えなくなるだろう。

 道さえも。


 純は帰宅の準備を完了し、会社からゆるりと出た。親族が新車に買い換える際、廃車にしようとしていたオンボロ軽自動車の下へと向かう。


「曇天か」


 傘を持って来ていない純は空を見上げて不安気に呟いた。何時雨が降るやも知れない。家に着いた頃にドシャ降りでもされた時にはズブ濡れは避けられない。

 曇天の不安は、中点の道を映しだすように。












上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。