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曇天 上

2010年01月30日 22:55

 

 佐東 純(さとう じゅん)は極めてありふれた人間の一人だ。

 中学は平凡な成績で一般的な高校の普通科に入学。その後も成績は平凡止まり、是が非でもこれがしたいという職業もなく、口裏合わせで営業商社に就職した。


 そういう経緯を辿り、純は今日も何気なく日常の大半を仕事に費やし、何ということもない人生を淡々と繰り返している。


 社内では現在、皆がデスクワークをこなしている。誰もがパソコンに向き合う中、エアコンのゴウゴウと響く重音とキーボードを弾く軽快な打音がテンポのみが室内で響いている。

 それ等の音を意識から外し、純はデスクワークを止めて時計の針を見つめた。


 響く音を外すと聞こえてくるのは、秒針のカチ、カチと響く極静かな音。秒針は次々と数字を乗り越え12に到達しようとしている。

 あと、少し……。



 秒針が完全に12を乗り越えた時、時針は5を指した。5時。

 純はパソコンを閉じるとガタリと席から立ち上がった。それを見て他の社員も時計を見だす。5時だという事に気がつくと、一斉にパソコンを閉じ始めた。


 勤務時間終了。それをオーバーしてまで働く程、この会社に出来た人間はいない。

 むしろこんな三流企業で働いてやっているだけでも感謝して欲しいぐらいだ。生きていくのがやっとなぐらいの給料しかだしてもらえないこんな会社で。



 純は社員に与えられている狭いロッカーで帰宅の準備を整えている中、深く熟考していた。

 でるはずも無い答え。


 人生を生きる意味。


 始点、終点を繋ぐ中点こそが人生。ただ、走り続ける限り抜けられない中点に何の意味があるのだろうか? 生まれた時から産声をあげ、いつの間にか反吐が出る程腐った世の中に入り込んだ自分、佐東 純に何の意味があるのだろうか?


 今、生きる意味があるとすれば、最愛の彼女、若子(わかこ)の存在だろうか。


 これといって可愛いというわけではない、これといってお洒落なわけではない、これといって人より秀でているわけでもない若子。だが純が若子を最愛としているのは事実。

 なら何処を愛しているのかって? そんなの答は簡単だ。



 全て。

 最愛するのに要素が必要なのか? しぐさも含め全てが好きだから最愛なのだ。単に顔や性格、上辺だけを見て好きだと判断することを純は最愛とは言わない。


 それだけ若子を最愛としているから。若子を失えば、純の中点は余りに暗く淀み、滲み、何も見えなくなるだろう。

 道さえも。


 純は帰宅の準備を完了し、会社からゆるりと出た。親族が新車に買い換える際、廃車にしようとしていたオンボロ軽自動車の下へと向かう。


「曇天か」


 傘を持って来ていない純は空を見上げて不安気に呟いた。何時雨が降るやも知れない。家に着いた頃にドシャ降りでもされた時にはズブ濡れは避けられない。

 曇天の不安は、中点の道を映しだすように。









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