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曇天(リメイク版)

2010年04月01日 18:46

 探せばどこにでも溢れていそうな商業系の小会社。
 冷房の少しばかり独特な音と、社員の打ち鳴らすキーボードの音が社内を響かす。

 灰崎 純(はいざき じゅん)はそこで勤務する20代前半の平社員だ。
 特別高い学歴を持つ訳でもなく、優秀な成績を収めている訳でもなく
 おおよその人間とさしてさして変わらない、というのが最も相応しい形容だろう。

 灰崎はふうんと鼻息を着くと、横目で時計を眺めた。
 耳を澄まさねば聞こえもしないはずの秒針の音が、やけに大きく聞こえる。
 淡々と刻まれるそれが12の方を指した時、灰崎はデスクトップの電源を切った。

 首を左右にこきこきと鳴らし、席から立ち上がる。時針は5を指していた。
 それを見た他の社員も、おのおの欠伸をするなり、電源を切るなり、安堵を見せる。
 5時はこの会社の勤務終了時刻だ。
 灰崎をネクタイの紐を緩めると、ロッカーから荷物を取り出した。

  ◇

 外に出ると、灰崎は曇天に気がついた。
 曇った空は、平凡たる灰崎に何か圧を掛ける様に重く乗りかかる。
 さして生きる意味を感じていない灰崎にとって、それは不安とも呼べるものだった。
 
 始点と終点を繋ぐ中点、つまりは人生。それに何の意味を見出せようか。
 どうせ終点が存在すると感じてしまうと、中点の存在があまりに無駄に感じてくる。
 唯一、存在の意味を確認させてくれるのは、彼女の若子(わかこ)だ。
 同年代の彼女には、一般の目から見ればさして普通の存在だろうが
 灰崎にとってはその普通が全て、好ましく感じられた。それが愛における哲学でもあるわけだが。

 雨が降るやも知れない気だるい不安と共に、灰崎は車に乗り込んだ。
 エンジンをかけると、うるさいマフラーの音が聴覚を掻き鳴らした。
 親族から貰った車だが、廃車する予定だった車だけに、やはり乗り心地は良くない。

 灰崎はポケットから煙草とライターを取ると煙草を加え、ふかした。
 手動の窓を開け、煙を車外に出すと、アクセルを踏んだ。
 国道に乗り、備え付けのプレーヤーから90年代テイストの音楽が鳴らす。

 気分を良くしながら、近道がてら裏道に入り込むと、車はめっきり少なくなった。
 所々に設置されている信号機を余り意味をなしていない。
 しかし交通の規制は守りながらスピードを上げていく。
 煙草を灰皿に潰し、青信号を確認しながら窓を閉めたその時だった。

 灰崎の視界に突如高校生と思われる少女が飛び出してきた。
 耳にイヤホンをはめて音楽に夢中になり、赤信号にも気づいていないのだ。
 灰崎は一瞬自分の心臓制止したかと思った。目を丸く見開きながら、ブレーキを根限りに踏む。
 教習所では急停止するには連続して踏む方が早く止まると習ったはずだが
 そんな事等、頭のどこか隅に飛ばされていた。

 摩擦跡を激しくつけながら、車は少女の僅か手前で停止した。
 灰崎と少女は共に、心の臓を共有しているかの様に早々と呼吸する。
 無心の中にぼんやりと浮かんでくる意識。灰崎は閉めた窓を急いで開き直すと、頭を出した。

「君、大丈夫だったか!」
「危ないじゃないのよ、人殺し!」

 少女は憤慨した様な形相を見せ付けると、青に変わった信号を足早に渡っていった。
 当然、灰崎はこんな返答等想定しておらず状況を把握出来なかったが、それは直ぐに怒りへと変わった。

「何が人殺しだ、悪いのはそっちだろ!」

 もういない少女に激怒すると、灰崎はハンドルを両拳で叩いた。
 確かに今回の事は、信号無視した少女が悪いのであって、灰崎には非が無い。
 灰たる社会の矛盾に、灰崎は苛立ちを覚えずにはいられなかった。
 眉間にしわを寄せながら、残りの帰宅路を速度超過で走り行く。

  ◇

 駐車場に車を止めると、灰崎は叩きつける様に車の扉を閉めた。
 鍵を手に取り、自分で見ても貧相だと覚える様なアパートに向かう。

 灰崎は矛盾と欲望の耐えないこの社会に不満を隠せない様でいる。
 やはり中点の存在にどれほどの意味があるか等、理解出来ない。
 始点と終点が既に存在しているなら、中点なんて無くても同じではないのか。

 灰崎は曇天の空を見上げると、そんなナイーブな感傷に浸った。
 純粋過ぎる故に直面する苦悩に、目を曇らせながら自分の番号の扉に立つ。
 何という意識を持たないまま鍵を開け、中に入るとそこには予想だにしない光景が待っていた。

「誕生日おめでとう!」

 クラッカーが鳴った。部屋には不器用ながら飾りつけが成されており
 小さなテーブルには所狭しと手作りであろうケーキが置かれていた。
 こんな事を内密で行ってくれるのは唯一の生き甲斐である彼女、若子以外に居るはずがない。

 予想通りの姿を見て、灰崎は言葉を失った。自分の誕生日をいつから忘れていたのだろうか。
 それより、こんな身近にあったはずの幸福を、いつから忘れていたのだろうか。
 下らない事を下らないと言い切り、曇天の中に不安を押し込み
 中点の彩りこそが始点と終点を輝かせるという事さえ忘れ、自分は何をしていたのか。

「ありがとう」

 灰崎の表情に笑みがこぼれた。
 幸福なんてごく身近にある。だからこそ苦悩を前にそれを忘れてはいけない。 
 曇天の狭間から日差しが照り出した。



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